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ヌサンタラに立つ十字架 ーインドネシアのキリスト教ー

インドネシアに住むキリスト教徒たち

世界最大のイスラム人口を誇るインドネシア。ですがその中にもキリスト教徒が根付いています。

同国の人口に対してプロテスタントは約7%、カトリックは約3%という比率になっていて、お世辞にも数が多いとは言えません。そして宗教マイノリティーは他国の例に漏れず、多数派の圧力によって社会的差別を受けている……と思いきや、実は 都市部では世界一宗教対話が進んでいると言ってもいいかもしれない様子を見せています。

職場、社交場、居住地域、趣味のコミュニティーなど、異なる宗教の人々が交わるシーンはごく普通に見かけることができます。

そもそも「インドネシアでキリスト教徒は1割ほどに過ぎない」といっても、それはあくまで全体像で中和された統計に過ぎません。ジャワ島の都市部を見れば、キリスト教徒は決してマイノリティーとは言えないほどの存在感を有しています。さらにインドネシアは人種の宝庫のような国でもあります。誰がマジョリティーで誰がマイノリティーか、ということを考える行為そのものが意味を成しません。

ジョグジャカルタの総合格闘技チーム『CORE』で練習に励む選手たち。実はこの一枚の写真に写っているのは、イスラム・キリスト・ヒンドゥーの各宗教の信徒でもある。顔付きも肌の色もだいぶ違う。

そうした国や地域では宗教対立が起こりづらく、また時折現れる過激な政治アジテーターに立ち向かえるだけの情報と知識を有しています。インドネシアのキリスト教徒は、このような宗教対話の土台に支えられているのです。

イエズス会が福音をもたらす

今のインドネシアに該当する地域に初めてキリスト教をもたらしたのは、カトリックの修道会であるイエズス会です。

世界史では「大航海時代」と呼ばれている16世紀、スペインとポルトガルの対外進出に付随する形で始まったカトリック教会の宣教活動は、大きく二つに分けられます。一つは主にフランシスコ会によるアメリカ大陸への宣教、もう一つがイエズス会によるアジアへの宣教です。インドネシアの島嶼地域へはイエズス会の宣教師たちが教会を建設し、福音宣教を始めました。

実はその宣教師たちの中に、あのフランシスコ・ザビエルもいます。ザビエルにはマラッカ(現マレーシア領)とアンボンを往復していた時期があります。

ザビエルたちの宣教は大きな成果を収め、今現在も16世紀以来の信仰と教会を受け継いでいる島があります。ヌサ・トゥンガラ諸島にあるフローレス島がその一つです。インフラ整備の進んでいない火山島で、細い海岸から背後を見渡せば目の前は山という物凄い辺境(失礼!)なのですが、どんな集落にも必ず主任司祭がいるというから驚きです。

バリ島デンパサールのカトリック教会。バリ様式の建築である。

カルヴァン派がやって来る

17世紀になると、ハプスブルク家からの独立を果たしたオランダがインドネシアにやって来ます。東インド会社総督のヤン・クーンがバタビア(現在のジャカルタ)に拠点を築いてから、インドネシアは急速に植民地化されていきました。

その一方で、現地のキリスト教徒にも大きな変化が現れます。カトリックに代わり、プロテスタントの一派であるカルヴァン派が台頭するようになったのです。

カルヴァン派とは、「人の一生や職業は、生まれた瞬間に運命付けられている。従って蓄財は罪ではない」という予定説を掲げる教会です。職業の多様性を認めるこの発想はインドネシアの民衆にも受け入れられ、現代市民のライフスタイルにも多大な影響を及ぼしています。

それと同時に、イエズス会以来のカトリック信者たちはプロテスタント勢力から逃れるように山岳地帯へ移住するようになります。今でも農村部のカトリック集落は、山の中腹に多く見られます。

ただし、マテオ・リッチの中国宣教以来のカトリック信仰を持つ華人移住者は、都市部にいながら教会を運営してきました。インドネシア華僑にカトリック信者が多いのは、こうした背景があるからです。


ジャン・カルヴァン(1509〜1564)
ドイツのマルティン・ルターと並び、宗教改革の先導者とされている。手にした富を教会に寄付せず自分のものにしても罪にはならないという彼の思想は、後世の貨幣経済に多大な影響を与えた。

穏健的な信徒たち

「人口の1割程度がキリスト教徒」という構図がピタリと当てはまる国が、インドネシア以外にもう一つ存在します。それはエジプトです。

エジプトには古都アレキサンドリアを中心に、コプト・キリスト教会の信徒が生活しています。ですが彼らに対するイスラム教徒からの圧力は、時として教会焼き討ちに発展してしまうほどの始末です。この地域の宗教対話はまだ進展しておらず、革命後の国家復興を妨げる要因となっています。

それとは対照的に、インドネシアでは宗教に絡む懸念材料は見受けられません。この国の人々は宗教の違いよりも互いに同じ歴史を歩んできたという意識の方が強く、今ある政治的課題に一致団結して取り組む基盤が存在するようです。


ところでカトリックのジャカルタ大司教区の拠点であるジャカルタ・カテドラルは、東南アジア最大のイスラム礼拝所イスティクラル・モスクのすぐ向かいにあります。

このように、異教徒の間で距離を置くという考えがインドネシアでは希薄です。国内史を見ても、ジャワを支配してきた歴代政権は宗教の面では穏健主義を優先させてきました。17世紀ヨーロッパを焼き尽くした三十年戦争のような、宗教的要因の大戦争は起こらないというのがジャワの歴史の特徴です。

インドネシア初のカトリック枢機卿アルベルト・スギヤプラナタ師の半生を描いた映画『Soegija』。ちなみに右手の日本軍将校の役を演じているのは、インドネシアで有名な日本人俳優の鈴木伸幸さん。