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Walkers式・ドラえもんで学ぶインドネシア語講座

世界中の子どもを夢中にさせるキング・オブ・アニメーションといえば、何と言ってもドラえもんです。日本がどこにあるのか知らない、首都の名前は確か北京だっけ? という人でも、「どこでもドア」と「タケコプター」は知っています。

もちろんそれは、インドネシアでも同じこと。子どもたちはドラえもんの四次元ポケットの中身を想像しながら育ちます。

ところが、インドネシア語を大学や語学学校で覚えた日本人は意外にも「タケコプターってインドネシア語で何て言うの?」という人が多いのです。それもそのはずで、学校で習う言葉はまさに教科書通りの堅苦しい単語ばかり。学校を出てビジネスの世界に入ったら、ますますフォーマルな単語としか向き合わなくなってしまいがちです。

ですから、「現地の若者と話が合わない。プライベートで彼らとなかなか打ち解けない」と悩む日本人駐在員もたまに見かけます。その原因はすなわち、現地の人から「あの人、仕事の話しかできないよね?」と思われてしまっているから。日本だって、遊びを知らない真面目一辺倒の人は敬遠されてしまいます。

そうはならないためにも、まずは誰しもが知っている偉大な漫画をインドネシア語で読んでみましょう!というわけで今回のルポは、「ドラえもんの道具をインドネシア語に訳したら?」というテーマでお伝えします。

四次元ポケット

何はともかく、まずはこれ。ドラえもんといえば四次元ポケット。そもそも、ドラえもんの固定装備はこのポケットだけです。ポケットのない彼は、ただの中古ネコ型ロボに過ぎません。ジオン軍のザクⅡですらヒートホークを常備しているのですから、ドラえもん自身の機能の少なさは時としてピンチを招いてしまいます(例・のび太のドラビアンナイト)。

では、「四次元ポケット」をインドネシア語に訳してみましょう。


四次元ポケット=kantong ajaib(カントン アジャイブ)


「kantong」は「ポケット」、「ajaib」は「珍しい、奇妙、不思議」という意味を示します。直訳すれば「不思議なポケット」です。

ちなみに「四次元」は「enpat dimensi」ですが、こちらの単語は一般的ではないようです。子どもたちの間では「kantong ajaib」で統一されています。

タケコプター

固定装備の極端に少ないドラえもんですが、彼はよく道具を使って飛行します。お馴染みのタケコプターですね。のび太と一緒にしょっちゅう空を飛んでいます。もし墜落事故を起こしても保険が下りなさそうな道具ですが、そんなことは気にしません。そういえば、たまに電池切れを起こしてますね。

正直、こんなので飛行したくないというのが一般人の見解ではないでしょうか。少なくとも、筆者はイヤです。ジオン軍の飛行型グフの方がまだ安心できます(アレは結局飛行できませんでしたが)。

そんなちょっと怪しい道具をインドネシア語に訳すと、


タケコプター=baling-baling bambu(バリン バリン バンブ)


「bambu」は「竹」で、英語のそれと同じ意味と発音です。「baling-baling」は「プロペラ、ローター」を表します。ですから「pesawat baling-baling」は「プロペラ飛行機」を指します。

どこでもドア

タケコプターに並び、ドラえもんの代表的道具といえばどこでもドア。何しろ近所の空き地からホワイトハウスまで、文字通りどこにでも行けます。この道具が量産されたら航空会社は廃業するしかありません。

ちなみにこれ、販売価格が設定されていて何と64万円だそうです(「ドラえもん道具カタログ 2112年版」より)。安い! ダイハツの軽自動車よりも安価です。この際だから筆者も借金して買ってしまおうかと検討しています。

さて、そんなどこでもドアをインドネシア語にすると、


どこでもドア=pintu ke mana saja(ピントゥ ク マナ サジャ)


「pintu」は「ドア」、「ke mana saja」は「どこへでも行ける、行き先は問わない」というような意味合いになります。

ここで注目すべきは「saja」という単語。これは単体では「だけ、のみ」という意味ですが、その時の状況を表す「kapan(いつ)、mana(どこで)、siapa (誰が)、apa(何を)、bagaimana(どのように)」の後ろにつけると「〜でもいい」という言葉になります。

例えば「kapan saja」は「いつでもいい」、「apa saja」は「何でもいい」となります。「saja」は非常に便利な単語です。

おまけ のび太のパパとママ

最後に、ドラえもんの道具ではないですが特筆に値する部分を紹介したいと思います。

のび太は両親を「パパ、ママ」と呼んでいます。これはもちろん、何語だろうと世界共通……と思いきや、インドネシア語訳の漫画では「ayah(お父さん)」と「ibu(お母さん)」になっています。

これは驚くべきことで、インドネシアでも子どもが親を「パパ、ママ」と呼ぶのは珍しいことではありません。にもかかわらず、インドネシア語版ののび太が「お父さん、お母さん」と言っているのは、もしかしたらインドネシア政府の保守主義的な政策が生み出した結果ではないでしょうか。

冗談ではなく、本当に。

というのもインドネシア政府は、公的な場では外来語の利用を極力避けるように指導しています。例えばボクシングというスポーツはインドネシア人の間でも「boxing」と言われていますが、新聞やテレビ番組ではこれを「tinju」としなければなりません。日本語の「拳闘」と同じですね。しかし今時、「今度、後楽園で拳闘の試合が……」なんて言い回しの日本人は丹下段平くらいしかいません。そういう意味で、インドネシア語は日本語よりも新旧のせめぎ合いの場面が多い言語ではないでしょうか。

漫画においてもそうした政府の意向が働いていると考えた方が自然で、それはドラえもんの道具のインドネシア語名に影響している、ということも充分に考えられます。